大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)1464号 判決
被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し東洋紡績株式会社記名株式五十株券戍に第〇九五五三号、同五十株券戍に第〇九五五六号につき原告(反訴被告)株主名義に書換手続をしなければならない。
被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金二万八千二百二十円八十銭を支払わねばならない。
原告(反訴被告)の其の余の請求を棄却する。
被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
訴被費用中本訴につき生じた分はこれを三分し其の一を原告(反訴被告)の負担其の余を被告反訴原告の負担、反訴につき生じた分は被告(反訴原告)の負担とする。
本判決は原告(反訴被告)において金九千円の担保を供するときは前第二項に限り仮りに執行することができる。
二、事 実
原告(反訴被告以下単に原告と称する)訴訟代理人は主文第一項同旨及び被告(反訴原告以下単に被告と称する)は原告に対し、金五万八千四百円を支払わねばならない。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに金員給付につき、担保を条件とする仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、原告は証券業を目的とし、昭和二十四年四月四日従前の商号旭光証券株式会社を服部証券株式会社と変更し次で、昭和二十五年十月三十日服部株式会社と商号を変更したものであるが、被告は其の所有に属する東洋紡績株式会社記名株式百株を増資、新株権利附で処分する目的を以て、主文第一項掲記の右五十株券二枚に白紙委任状を添付して訴外酒井正一郎に交付し、同訴外人は昭和二十四年五月二十八日仮設人松井松雄名義で原告に対し売却方を委託した。そこで原告と同訴外人との間に右記名株式百株につき代金八万五百円で売買成立し、同月三十一日其の受渡を完了し、原告は右白紙委任状を添付株券を訴外丸十証券株式会社に、同会社は訴外平安証券株式会社に、同会社は訴外京都証券株式会社に順次転売し、最終の買受人が右株式一株につき増資新株式二株の割当期日である同年六月十五日までに右白紙委任状に基いて、右百株の名義書換を東洋紡績株式会社に対し請求したところ、右株券に添付する白紙委任状に押捺せられている被告名義の印章が届出印章と相異するため、名義書換を拒絶された。右株式譲受人被告の名義書替義務不履行により、右株式の取得により増資新株の割当を受けることが不能となつたため、前記転買人より順次右株券が訴外丸十証券株式会社に返還せられ、商慣習に従つて原告は同年七月十八日訴外丸十証券株式会社より右新株式権利附の時価一株金八百円替の代金八万円を支払つて右株券を受領し、右株式百株の権利を取得した。よつて茲に被告に対し、前記記名株式百株につき、株主名義書換手続を請求すると共に、被告が右株式名義書換手続、手続義務を履行しないことにより原告の被つた右買戻代金八万円より本件最終口頭弁論期日の前日である昭和二十八年六月二十九日における右株式一株の価格、金二百十六円の割合による百株の価格金二万千六百円を控除した、差額金五万八千四百円に相当する損害の賠償を請求すると陳述し、被告の相殺の抗弁につき旭光証券株式会社と称していた当時の原告会社取締役と被告及び訴外井本茂、同西山清一、同岩田茂との間に株式清算取引が行われた結果、いづれも被告主張の帳尻金額が残存していること及び、原告が訴外井本外二名よりいづれも被告主張の債権譲渡の各通知を受けたことは認めるけれども、原告が被告主張の日時被告より東洋紡績株式会社記名株式百株券の寄託を受けたとの被告主張事実を否認する。(一)(イ)原告旭光証券株式会社と被告及び訴外井本茂、同西山清一、同岩田茂との間における被告主張の株式売買はいづれも有価証券市場に依らないで、有価証券市場における相場により差金の授受を目的としてなされた行為であるから、証券取引法第二百一条の強行規定に違反し無効であるから原告は被告等に対し、差額金を支払う義務がない。(ロ)仮りに原告と被告等との右清算取引が証券取引法に違反しないとしても、原告と右訴外人等顧客との間において、偶然のゆえいにより金銭の得喪を賭する賭博行為であるので、民法第九十条に依り無効である。(二)仮りに右理由ないとしても被告主張の債権譲渡は、いづれも債権者井本茂外二名が専ら被告をして訴訟行為をなさしめることを目的としてなされた。信託譲渡であるから信託法第十一条に依り無効である。以上何れによるも被告の相殺の抗弁は理由がないと附演し、
反訴につき本案前の抗弁として被告の反訴を却下する。反訴による訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、其の理由として原告は本訴において被告に対し、前記白紙委任状添付記名株券の譲渡人として譲受人原告に対し負担する株主名義書換義務の履行を請求し、且つ右債務不履行による損害賠償を請求するものであるから、被告はこれと反対給付若くは同時履行の関係ある等原告の右本訴の請求又は防禦方法と索連関係ある請求権についてのみ反訴の提起が許されるのであつて、被告が何等索連関係ない全然別異の債権の履行を求めるために反訴を提起したのは民事訴訟法に違背し、不適法であるから却下さるべきであると陳述し、本案につき、主文第四項同旨並びに反訴による訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、答弁として前記相殺の抗弁に対する事実上の陳述を同一事実関係を陳述した。
<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中原告が訴外酒井正一郎より買付けた原告主張の白紙委任状附株券が、原告主張の証券業者に転輾売買せられた点を除く、其の余の事実はすべて認めるけれども、右株券の転輾売買に関する原告主張事実は知らない。被告が本件記名株式の名義書換義務不履行により原告に対し、損害賠償債務を負担するものとすれば、被告は左記各反対債権を自働債権として順次これと対当額において相殺する。
(一) 原告が旭光証券株式会社と称していた当時
(1) 被告は昭和二十三年六月二十四日より同年十二月二十一日までの間に原告と株式売買取引をしたことにより原告に対し其の清算帳尻金三万百七十九円二十銭の債権を取得した。
(2) (イ) 訴外井本茂は同様同年八月三十日より同年十二月十八日までの間に、原告と株式売買取引をしたことにより原告に対し其の清算帳尻金二万百九十七円七十銭の債権を取得した。
(ロ) 訴外西山清一は同様同年六月二十九日より同年十二月二十一日までの間に、原告と株式売買取引をし、原告に対し其の清算帳尻金一万三千六百三円四十銭の債権を取得した。
(ハ) 訴外岩田茂は同様同年八月九日より同年十二月二十一日までの間に、原告と株式売買取引をし、原告に対し其の清算帳尻金三万五千七百六十七円六十銭の債権を取得した。被告は訴外井本茂同西山清一同岩田茂に対し、いづれも金銭債権を有していたので其の弁済に代えて昭和二十四年九月十六日右訴外人等より同人等の原告に対して有する右各帳尻債権を譲受け右訴外人等よりいづれも同月十七日附書留内容証明郵便を以て原告に対し各債権譲渡の通知を発し、右通知はいづれも同月十九日原告に到達した。
(二) 被告は昭和二十三年十一月中頃原告より事故株処理のため、被告株主名義の東洋紡績株式会社記名株式百株券の融通方を依頼せられて原告に対し白紙委任状附、右株券を貸与したところ原告は一週間の約定返還期限を過ぎるも返還しない。其の後右株式は昭和二十四年六月十五日現在の株主に対し、株式一株につき新株式二株、昭和二十六年四月二十五日二株につき新株式一株が資本増加により割当てられ、旧株式百株が四百五十株に増加したから被告は原告の右株券返還債務不履行により右株式四百五十株の本件最終口頭弁論期日の前日である、昭和二十八年六月二十九日における右一株の価格金二百十六円の割合による価額金九万七千二百円に相当する損害を被るに至つたから被告は原告に対しこれを賠償すべき責任がある。
従つて被告の原告に対する右(一)、(二)の各債権を以て順次対当額において相殺するときは、原告の本訴請求の理由のないこと明かであると陳述し、
反訴につき原告は被告に対し、金十九万六千九百四十七円九十銭及び内金九万九千七百四十七円九十銭に対する昭和二十四年十二月十六日以降内金九万七千二百円に対する昭和二十八年七月一日以降完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払わねばならない。反訴による訴訟費用は原告の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として被告は前記記載の通り原告に対し、(一)(1) 株式売買取引による未払帳尻債権金三万百七十九円二十銭(2) (イ)乃至(ハ)訴外井本茂外二名より債権譲渡を受けた同訴外人等と原告との株式売買取引による帳尻債権合計六万九千五百六十八円七十銭以上、合計金九万九千七百四十七円九十銭の債権を有する外、(二)前記東洋紡績株式会社株式四百五十株の返還債務履行に代わる損害賠償債権金九万七千二百円を有するから、茲に反訴を提起し原告に対し、右帳尻債権及び損害賠償債権合計金十九万六千九百四十七円九十銭及び内金九万九千七百四十七円九十銭に対する反訴状が原告に送達せられた以後である。昭和二十四年十二月十六日以降、内金九万七千二百円に対する反訴請求の趣旨並びに原因変更申立書が原告に送達せられた以後である。昭和二十八年七月一日以降いづれも完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると陳述し、尚前記(一)記載の各株式売買取引はいづれも現株の授受を目的としてなされたものであつて、被告等が売買委託後受渡期限までに相場に変動ある場合、反対売買を以て決済したけれども、これを目して差金の授受を目的とする射倖行為ということができない。又右株式売買取引は現行証券取引法による有価証券市場が大阪市において未だ開設せられない以前右証券市場に代わる集団取引が証券業者の申合せにより絵野証券株式会社において行われていた時であつて、右集団取引における建値により株式を売買するも証券取引法第二百一条の適用を見るべき余地がない。仮りに右理由ないとすれば証券業者である。原告は適正な株式売買を行つているもののように装い善意の顧客である被告及び訴外井本茂外二名を欺いて法律上違法な取引をなさしめ被告等をして原告が被告の委託の趣旨に従い正当な取引をしたならば取引上当然取得したる金銭上の請求権を侵害し、よつて被告等に対し前記各帳尻金に相当する損害を与えたものであるから被告等は原告に対し其の賠償を請求することができることは明かである。予備的に原告に対し右不法行為による損害賠償請求として前記金九万九千七百四十七円の支払を求めると述べた。
<立証省略>
三、理 由
原告が証券業を目的とする株式会社であつて、原告主張の通り商号を変更したこと、被告が処分の意思を以て自己の所有にかかる原告主張の東洋紡績株式会社記名株式百株、五十株券二枚に白紙委任状を添付して訴外酒井正一郎に交付し同訴外人と原告との間に原告主張の各日時右株券の売買成立し、受渡を完了したこと及び右株式が新株権利附であつて、これを添付する被告名義の白紙委任状に押捺した印章が会社に届出の印章と相違するために増資新株式割当期日である昭和二十四年六月十五日までに株主名義を書換することができないで、今なお被告株主名義になつていることはいづれも本件当事者間に争がない。成立に争ない甲第一号証の一、二同第二号証及び原告会社代表者本人の第二回供述並びに同供述に依りいづれも真正に成立したことが認められる。甲第九号証乃至第十二号証に依れば、原告が訴外酒井正一郎より買付けた右白紙委任状添付株式百株を訴外丸十証券株式会社に転売し最終の転得者訴外京都証券株式会社が、昭和二十四年六月一日会社に対し、株主名義書換を請求したところ同月十五日の増資新株式割当期日に会社より名義書換を拒絶せられたので、商慣習に従い右最終の買受人より順次右株式の売買解除せられ、原告が同年七月十八日転売先訴外丸十証券株式会社より、右株式百株を新株権利附の時価八万円で受戻し、其の権利を取得したことが認定できる。改正商法施行前においては記名株式の所有者が処分の意思を以て白紙委任状を右記名株券に添付して他人に交付するとき、これを善意に取得した第三者との間に直接に右白紙委任状の記載の含まれる処分行為をしたものとみなされる商慣習存在することは顕著な事実であつて、右株式取得者が白紙委任状に押捺されている株券所有者の印章が会社届出の印章と相異するために、右白紙委任状の文言に従い代理人を選任して、株主名義書換を求めるも拒まれるときは、右株式の取得者は右株式名義人に対し改めて株主名義の書換を請求し得ることは勿論であつて、改正商法施行後においても同様であることは昭和二十六年法律第二百十号改正商法施行法第十一条の規定上明かである。本件におけるように被告が処分のため他人に交付した白紙委任状添付株券が増資新株権利附である場合は特別の事情のない限り、右株券添付の白紙委任状により豫め株式取得者に対し新株式割当期日までに故障なく株主名義書換手続を履行すべきことを約したものと解すべきことは勿論であるから、右白紙委任状の不備等株式名義人の責に帰すべき事由に依り、右株券取得者をして白紙委任状により右期日までに名義書換手続を完了することを不能ならしめるに至つたときは、右株式譲渡契約上の債務不履行により右株式取得者に対し新株式引受の権利を失わしめたことによる損害賠償の責任を負担すべきことは明かである。従つて原告は被告に対して本件記名株券につき株主名義書換手続を請求し得ると共に被告の右債務不履行により原告の受けた損害の賠償を請求し得るものといわねばならない。前記認定の通り原告が訴外丸十証券株式会社より時価八万円で本件株式百株券の所有権を所得したところ、右株式の価格が下落し、本件最終口頭弁論期日の前日である昭和二十八年六月二十九日における右株式の価格が一株金二百十六円の割合に依る金二万千六百円であることは当事者間に争がなく、右株式価格の下落が増資新株発行に原因することも亦被告において明かに争わないから反証ない限り、原告は被告に対し、被告の前記株主名義書換義務不履行により右株価の下落による差額金五万八千四百円に相当する損害を被つたものとして、其の賠償を請求し得るものといわねばならない。
そこで相殺の抗弁につき按ずるに、
第一、(一) 被告と原告との間に昭和二十三年六月二十四日より同年十二月二十一日までに行われた株式売買の清算帳尻金三万百七十九円の原告支払勘定あること。
(二)(イ) 訴外井本茂と原告との間に同年八月三十日より同年十二月十八日まで行われた株式売買の清算帳尻金二万百九十七円七十銭。
(ロ) 訴外西山清一と原告との間に同年六月二十九日より同年十二月三十一日まで行われた株式売買による清算帳尻金一万三千六百三円四十銭。
(ハ) 訴外岩田茂と原告との間に同年八月九日より同年十二月二十一日まで行われた株式売買による清算帳尻金三万五千七百六十七円六十銭。
の各原告支払勘定が残存していること及び被告主張の日時訴外井本茂同西山清一、同岩田茂より被告に対し右各帳尻債権譲渡せられたとして被告主張の日時右各譲渡人より原告に対し各債権譲渡の通知がなされたこと、
はいづれも当事者間に争がない。被告が各帳尻金支払請求権として相殺に援用するに対し、原告は右各株式売買は差金取引であつて原告が旭光証券株式会社当時被告等顧客との間に有価証券市場によらないで、有価証券市場における相場により差金の授受を目的としてなされた行為であるから、証券取引法第二百一条に違反し無効である。仮りに右法条に違反しないとしても賭博行為として民法第九十条に依り無効であると主張するから、先ず原告と被告との間になされた右取引につき、原告の右主張の当否を審究する。成立に争がない甲第五号証、成立並び原告の存在に争がない甲第十三号鑑定人中島担の鑑定の結果及び原告会社代表者本人の第一、二回訊問の結果を綜合すれば原告と顧客である被告との間に前記期間内に前後九十五回に亘り株式売買が行われいづれも原告が被告の株式売買の委託により証券取引法に基く証券取引所が未だ開設せられない以前において証券業者間の申合に基いて認許せられた集団取引における相場により原告の店頭における自己売買として扱い其の間六回に亘り現株の授受により決済された外はすべて被告の反対売買に依り決済された結果差果差額金三万百七十九円二十銭の被告利益勘定となつたことが認められるけれども、原告の提出援用にかかるすべての証拠によるも、原被告双方が現株の受渡をする意思がなく株式市場の相場により差金の授受を目的として、右株式の清算取引をしたものであることを確認することができない。
従つて右株式取式は証券取引法第二百一条に規定する差金取引でないことは勿論賭博に類似する射倖行為として公序良俗に反するものとはにわかに断ずることができないから原告の右再抗弁は採用できない。してみれば原告は被告に対し右株式売買による前記帳尻金三万百七十九円二十銭を支払うべき義務あることは明かで反証ない限り期限の定のない債権として被告が昭和二十三年十二月二十一日以後何時でも原告に対し、其の履行を請求できるものと認むべきであつて、被告が昭和二十四年十二月十五日の口頭弁論期日において原告に対し、相殺の意思表示をしたことは記録上明白であるから、原告の被告に対する前記金五万八千四百円の損害賠償債権は、右相殺適状のときに遡り対当額につき右反対債権と相殺せられて金三万百七十九円二十銭の限度において債務消滅し残額金二万八千二百二十円八十銭となることが明白である。
次に訴外井本茂、同西山清一、同岩田茂が原告に対し前記各株式売買による各帳尻債権を有するものとして、昭和二十四年九月十六日いづれも被告に対し右各債権を譲渡したことは各公証人作成部分が真正に成立したことが当事者間に争がないから全部真正に成立したものと推定する乙第二号乃至第四号証の各一に依り認めることができるけれども、被告が前記各訴外人に対し有する金銭債権の代物弁済として、同訴外人より右債権を譲受け有償取得したことを認むべき証拠がなく右乙号各証並びに証人波田速夫の第一、二回証言及び証人岩田茂、同井本芳雄の各証言を綜合すれば原被告間に本件訴訟係属後同訴外人等がいづれも被告をして原告の被告に対する損害賠償の請求に対抗して相殺の用に供せしめ、併せて反訴を提起させ訴訟行為をなさしめることにより直接間接に債権取立委任の実効を収めるために被告に対しいづれも右各債権を信託的に譲渡したものであることが肯認できるから、訴外井本茂等の被告に対する右各債権の信託譲渡はいづれも信託法第十一条の強行規定に違反する無効の法律行為を認むべきであるから被告はこれにより被告主張の右各帳尻債権を取得するに由ないものといわねばならない。従つて被告の原告に対する右帳尻金計六万九千五百六十八円七十銭の譲受債権を自動債権とする相殺の抗弁は他の争点につき判断するまでもなく其の理由がない。
次に被告は昭和二十三年十一月中頃原告に対し、被告株主名義の東洋紡績株式会社記名株式百株券白紙委任状を添付して貸与融通したところ、原告が期限に返還しないので右株式の其の後における増資新株式割当より増加した株数四百五十株の価格に相当する金九万七千二百円の右返還債務の履行に代わる損害賠償を原告に対し請求できる旨主張するけれども、此の点に関する証人下田沢次の証言はたやすく信用し難く、他に被告主張の右株券貸与の事実を認むべき証拠がないから被告主張の右損害賠償債権を自動債権とする相殺の抗弁も亦他の点につき判断するまでもなく失当として排斥を免れない。果してそうであるならば被告は原告に対し本件記名株券につき原告株主名義に書換手続をなすべき義務あると共に、右名義書換義務不履行による損害賠償金残額二万八千二百二十円八十銭を支払うべき義務を負担することが明かであるから、原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において正当としてこれを認容すべきも其の余を失当として棄却を免れない。
そこで進んで反訴につき按ずるに原告は本案前の抗弁として被告の反訴は本訴の目的である請求又は防禦の方法と何等索連関係がないから不適法として却下さるべきであると主張し、原告が本訴において被告に対し株式譲渡契約に基く株主名義書換債務の不履行による損害賠償を請求するに対し、被告が防禦方法として相殺の抗弁を提出し且相殺に援用した数個の債権を請求の目的として反訴を提起したこと及び反訴請求の目的である各債権の発生原因が本訴の目的たる右請求権発生の原因と法律上事実上の索連関係がなく、従つて亦両者間の債権の効力につき原告主張のような法律上の索連関係存在しないことは原被告双方の請求原因である主張自体により明かであるけれども苟も被告が原告の本訴請求に対する防禦方法として反対債権の存在を主張し、適法に相殺を以て対抗するものである以上、相殺に援用された自働債権が其の発生原因並びに権利関係の効果において本訴請求権との間に法律上並びに事実上の索連関係なくとも、民事訴訟法第二百三十九条に所謂本訴の防禦方法と索連関係ある場合に該当し、被告は右自働債権を請求の目的として反訴を提起できるものと解するのが相当と認めるから、原告の右本案前の抗弁は理由がない。そこで本案につき按ずるに、
(一) 被告は原告に対し原告との間になされた株式売買取引による清算帳尻債権金三万百七十九円二十銭の履行を請求するけれども、被告の原告に対する右債権が原告の本訴の目的たる損害賠償請求権と相殺せられて消滅したことは先きに認定した通りであるから、被告の右反訴請求は理由がない。
(二) 被告は昭和二十四年九月十六日訴外井本茂、同西山清一、同岩田茂より同訴外人等の原告に対する株式売買取引による清算帳尻債権合計金六万九千五百六十八円七十銭の各債権譲渡を受けたから原告に対し、其の支払を求めると主張するけれども、右各債権の譲渡が信託法第十一条に違反する法律上無効の行為であつて、被告が其の主張の各債権を取得することのできないことは先きに認定した通りであるから被告の右反訴請求は理由がない。
(三) 被告は昭和二十三年十一月中頃原告に対し、被告株主名義の東洋紡績株式会社記名株式百株券を白紙委任状附で貸与したところ、原告が約定期限に返還しないから原告に対し、損害賠償金九万七千二百円を請求すると主張するけれども被告の右反訴請求も亦其の理由ないことは先きに本訴につき判断したところにより明かである従つて被告の反訴請求はすべて其の理由のないことが明白であるから、これを棄却すべきものとする。よつて本訴並びに反訴につき民事訴訟法第九十二条第八十九条第百九十六条第一項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 南新一)